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海の上の家 - 家に住むということ

作者: Shigeo Honda 最終変更日時 2008年09月08日 21時45分 |
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NY Times紙の記事でこの家の写真を初めて見たとき、そのたたたずまいに強い印象を受けた。海の岩の上に立っている家。僕が本当に欲しい「家」とはどんなものなのか、それを初めて実感した気がした。

僕が今住んでいるところは、自宅と事務所を兼ねている。事務所を他に借りるよりも同じ場所のほうが効率がいいし、自分の会社を持つ前も会社に所属しながら在宅勤務とというワークスタイルをずっと続けていたこともあり、そうしたワークライフ・バランスの取り方に慣れているので職住兼用としたわけだ。

しかし、この写真を見てこんな家で過ごす時間が持てたらどんなに素晴らしいだろうかと。「家」とか「仕事」とか「生き方」とか、いろんなことを波の音を聞きながら深く考える時間を持てそうな気がする。都心の暮らしは確かに便利でエキサイティングなのだけど、自分や周りを見つめ直す時間が欲しいと思うことがある。

写真の家は、ボストンに住む建築家が、1961年の3600ドル(約40万円) で購入したもの。当時は20年以上放置された状態で窓ガラスは全部割れており、天井は抜けて空が見えている状態だった。建築時の図面が残っていたのでそれをほとんど原型のままリストアされている。ソーラーパネルで温水を作り、風力発電とタービンで電力が供給され、通常の生活を営むことができる。

この記事のスライドショーにある写真を見ると、この家がどれだけ魅力的かすぐにわかってもらえるだろう。それはリゾートマンションとか、別荘といったものではなく、人の生活がもっと息づいているものだ。

○参考リンク

The Old House and the Sea

ドキュメントアクション

家とは何か

投稿者: eiga 投稿日時: 2008年09月09日 16時02分
何とも、自分の生活スタイルを問われる家ですね。ほんのつい最近までは、家についてほとんど何の考えも希望もありませんでした。それでも、海外で家族と離れて仕事をしていると、いよいよ真剣に考える機会が増えてきました。というより常に考えざるを得なくなってきた。上海やドバイなどの新興国の都市で築かれるスカイスクレイパーを見上げていると、その馬鹿さ加減が日本のそれと重なって笑うに笑えない。ドバイの高層階にある自宅から、明かりがほとんどつかない高層マンション群を見ていると、自分がどういう理由で、ここで何をしているのかと突き付けられます。仕事に没頭することだけでは間が持たなくなってきていて、仕事と家(生活環境)の優先順位がここにきて急激に逆回転しはじめています。

家と家族

投稿者: shigeo Honda 投稿日時: 2008年09月10日 10時48分
eigaさん、コメントありがとうございます。ある年齢とかある状況になると「家とは何か」を考えざるを得なくなるのかもしれません。僕はビジネスも生活も日本がベースなのでまだいいのですが、eigaさんのように海外で、それも広範囲におよぶとなると選択はますます難しくなりますね。それに普通の「生活」というのがどれほど大切なものかということも。