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iPadはAppleの原点回帰なのか

作者: Shigeo Honda 最終変更日時 2010年02月06日 16時51分 |
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ようやくiPadが発表になり実物が登場したことでメディアにいろんな議論が掲載されている。電子出版ビジネスの将来を語るもの、日本でのSIMキャリアがどこになるのか詮索するもの、あのデバイスにはUSBポートもメモリカードスロットもなければバッテリ交換もできないと拡張性のなさを批判するものなどなど。でもそうした議論には大切な点が抜けている。つまりiPadとは誰のために、なぜ作られたのかということ。

それは今回のSteve Jobsのプレゼンテーションの最後でApple社とは何かで明確に述べられている。曰く「我々はテクノロジーとリベラルアートの交差点にいる」。つまり単に先端の技術にいるだけでなく、社会的にも教養的にも意義のあるものをもたらすためにApple社はある、のだと。

こうした彼のスタンスについてはNY Times紙にも「Steve Jobs and the Economics of Elitism(Steve Jobsとエリート主義経済)」というコラムで書かれている。彼のいう「Rest of Us」は、「選ばれた我々」を意味しているのでは。そしていつも彼のプレゼンテーションにはそれを意味する様々な記号が登場する。今回もiPadでまず最初に再生された音楽はGrateful Dead、そしてBob Dylan。iBooksでの購入デモは、民主党の上院議員でオバマ政権の誕生にも資力した「最後の」ケネディ一族の本。そして新聞と言えばいつもNew York Times。つまりリベラルなインテリのモデルケース。

僕にとってiPadを象徴しているのが右のキーボード付きスタンドに据えられた写真。何かを思い出さない? そう、一番最初のMacintosh。サイズも似ている。最初のMacintoshは革新的ではあったがビジネス的には惨敗だった、しかしそのコンセプトが今はメインストリームになっているのは周知の事実。それを再度試みようとしているのが、このiPadだと思えてならない。多くの共通点がある。

  • マルチタスクはいらない:今時平気でマルチタスクができないデバイスをリリースできるのはJobsだけだろう。彼はマルチタスクを信じていない。優れたインターフェースを備えたアプリケーションで一度に一つのことが画面を占有をするからこそ、人はクリエイティブでプロダクティブになれると。確かにそれは真実かもしれない(少なくともiPadがカラーである点は違うけど)
  • 拡張性はいらない:閉じたデバイスであるからこそ、ユーザーは余計をものを持ち込むことができずトラブルに悩まされる心配もない。そもそもデータを移したいならPCやMacに連動したり、電子メールやMobileMeなどのツールを使えばすむだけ
  • 古いものはいならい:どんなに現在普及していようとレガシーがものは取り入れない。最初のMacintoshが3.5inchフロッピーを採用したことを思い出してみよう。
  • UIの一貫性をこそが重要:Apple社の製品のソフトウェアを開発するにはガイドラインが存在している。それを無視できる独自の仕様のUIを持ち込むことが可能なFlashのようなブラウザのブラグインアプリケーションは受け入れない

NYTimesのコラムにもあるが、最初のiPodをAppleがリリースしたとき、決して好意的な評価ばかりではなかった。しかし、結果最後に笑ったのはだれだったか今はみんな知っている。多くのネガティブが評価もあるiPadはどうだろうか。NetBookのようなオタク向けの中途半端なガゼットと違い、マスの市場を獲得することでまた最後に笑うことができるだろうか?

○参考リンク

Steve Jobs and the Economics of Elitism

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