パッケージは物語のはじまり
モノを購入した喜びを最初に感じるのはどこか? それはそれを包んでいるパッケージ。LPレコードで育った僕は、中身もさることながらパッケージがどれだけ大切かということも自然に学んできたようだ。よいパッケージに出会うとそれだけでハッピーな気分になる。
ただ何も過剰な包装がいいと言っているのでない。エコロジーで簡素な包装であってもデザインしだいでいろんなアプローチがあるだろう。ブランドにとってもパッケージは重要な要素。購入したあとで実際にそのプロダクトを使うという物語のイントロダクションにあたる。
パッケージを受け取り、開くということがその製品とユーザーを強い絆でつなぐためにいかに大切か。所謂ファッションブランド以外でその意味を理解している筆頭がApple社。1984年の最初のMacintoshのパッケージから一貫している。箱の蓋をあけたときに、まず何が目に飛び込むのまで計算されていた。これは今でもMacBookAirのパッケージングまで一貫して続いている。
Apple社以外の製品で驚いたのは、iRobot社の初代のRoombaを購入したとき。まるでMacintoshの用な梱包コンセプトで、箱をあけるとCDジャケットサイズの小冊子が美しくレイアウトされていた。
前置きがながくなったが、どうしてこういうエントリを書こうかと思ったかというと、最近購入したiPodのUniversal Dockのパッケージ(右写真)が秀逸だったから。何台ものiPodを持っていて使いたいときにケーブルを繋ぎ変えるのも面倒なのでこのDockを買ったのだが、パッケージを開くと歴代のiPod,iPhoneに対応したアダプターが整然と納められている。いかにもAppleらしいパッケージデザイン。これまでのラインアップの歴史と豊富さを誇らしげに示しているようだ。それを嫌みのないジュエルボックス風のデザインでパッケージにしたセンスはさすが。
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