ダビング10の奇妙な合意
6月の実施が延期されていた「ダビング10」が先週いきなり7月5日ごろからの実施で合意したというニュースがあった。しかも強硬派だった著作権利者側が譲歩しての実施。Blue-Rayへの課金のみを了承し所謂iPod課金については議論を棚上げしたことになる。
それにしても今回の急な合意は奇妙に思える。形しては文化庁が提案した補償金制度の拡大案(権利者の最大の譲歩案と言われるもの)を総務省がrひっくり返したようにもとれる。そもそもこの問題は何度も僕のブログでも触れているように絶対に埋まらない溝をどうにか仕様という非現実的な対応に解決が難しい原因がある。以下のようにポイントを整理するといかにバラバラの要素が議論されているかわかる。
○権利者側
- 権利者は補償金を温存し拡大したい(ビジネス論)
- 補償金はクリエータへのリスペクトである(精神論)
- 違法複製には厳罰で臨むべきである(法律論)
- 個人的複製にも補償金として課金すべきである(法律論)
○業界・消費者側
- そもそも補償金の分配方法が不明確で実効性が乏しい(ビジネス論)
- DRMでコンテンツがコンロールされるのに補償金制度は不要である(ビジネス論)
- iPodのような複合機能型の端末に補償金制度はなじまない(ビジネス論)
- 法律に規定されいないことを盛り込むべきでない(法律論)
関係する省庁も文化庁、経済産業省、総務省と多岐にわたりこれではまとまりようはない。省庁間のパワーバランスが結果を制する、あるいは大臣の政治の駒として使われる危険性すらある。
この件についての法律論としては僕は著作権法の権威である中山信弘氏の最近の講演のスタンスを指示する。法律は現実のビジネスや産業を阻害していはいけない(その意味で現在の個人情報保護法がいかにIT産業をゆがめていることか)し、著作権が不当に行使されたり途上国や貧困者の搾取の手段として使われてはいけない。
例えば、Rolling StonesやLed Zeppelinの楽曲には多数の黒人ブルースマンの曲をベースにしたものがあるが、決して彼らの名前がクレジットされることはなく、貧しいブルースマンはいつまでも貧しいままだった。サイモンとガーファンクルのヒット曲「コンドルは飛んでいく」はアンデス民謡だが、このヒットで得たお金は米国のレコード会社とアーティストが受け取っただけで、アンデスの人々には1円も入らない。つまり著作権はそのように残酷なものでもあるのだ。だから日本の著作権を75年に延長して喜ぶはハリウッドだけで消耗品のような作品しか作れない日本のコンテンツ産業がその恩恵にあずかることはほとんどないだろう。
○参考リンク

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